【HSCの話】親の関係性がメンタルに影響された幼少期

【HSCの話】親の関係性がメンタルに影響された幼少期

こんにちは、ハヤこです。

そして、お久しぶりになってしまったーーー!

11月に入りましたね。10月は9月からの台風もあり、体調が優れずめっちゃ爆睡に次ぐ爆睡を繰り返す日々を過ごしていました笑

みなさんは、台風大丈夫でしたか?

以前より気象病の対応は上手くなってきましたが、まだまだですね〜

さて、今回は【HSC】の話です。

HSC = highly sensitive childの略

私はHSPです。言わずもがな。

なので、子供の頃はHSCでした。大人になった今、もっと早くその概念を知りたかったとか、親が知っていてくれればどんなにマシだっただろうとかめっちゃ思うんです。

だから、自分の子供がHSCかもしれない。そういう親御さん向けに、私がとても苦労したことややめて欲しかったこと、逆にとっても嬉しかったことを体験談として書いていこうと思います。

HSPは気質です。

何度でも言いますが、個性の一つであり、

障害や病気ではありません。

注意
もし、HSPの方がこの記事を見る場合は、辛くなったらすぐ読むのをやめることをオススメします。

両親の仲の良さがキーポイント

HSPの第一人者、アーロン博士の著書「ささいなことにもすぐ動揺してしまうあなたへ」でも取り上げられているように、家庭環境はHSPにとってかなり重要です。

それこそ、幼少期の家庭環境により、HSPの度合いが変わるとも書かれています。

私は、HSPにとってはかなり劣悪な家庭環境で育ちました。

家がなかったわけでも、虐待されていたわけでもないです。でも、HSCの私にとっては思い出すのがつらい経験が多々あります。

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不仲だった親

私の両親はかなり不仲でした。

小さいころからずっと喧嘩。何かあるたびに父の怒鳴り声や母の言い返す金切り声に怯えながら暮らしていました。

父には一度私が脱走した時に怒られた事があり、その怒り方がトラウマになって、以来かなり壁を作った状態で10年以上生活することになります。

親が不仲だと何が悪いのか。

それは、「かなり気を遣う」ということ。

私の親は仲が良くない。だから離れ離れにならないように、

私がなんとかしないといけない。

だって、離れてしまったら私は生きていけるかどうかわからないから。

そう思いながら、実際に両親が実際に離婚をするまで母の味方になり、父にも良い娘を演じることになったのです。

「家」って子供にとっては一番安心できる場所であるべきだと思うんです。まだどういう手段をとって生きていけばいいのか学び途中の命なのですから。

でも、私にとって「家」とは、本来の自分を押し殺して生活する場所。

幼稚園児の頃からそういう状態だったので、中学生になる頃にはそれが当たり前になってしまっていて、「つらい」とか「苦しい」とかそういう家族に関する感情を誰かに話すことはほぼ無くなりました。

コンプレックスだったんです。家族が。

不仲で喧嘩ばかりする両親が嫌いでした。

どうして欲しかったのか

喧嘩をすることが悪いこととは思いません。時には必要なこともあるでしょう。その仕方が怒鳴るメインだとしても、静かに話し合うにしても、その夫婦の特色があるからです。

しかしそれは、正直子供には関係ない。

だからこそ、私の親のように怒鳴り、言い合い、HSPが苦手な大声や空気中に飛び交う憎悪・嫌悪などの突き刺す感情が伴う喧嘩の場合、親が思っている以上に子供がかなり傷つき、心の中で様々な葛藤をしています。

関係なくても、

「自分のせいかもしれない」

「ごめんなさい、ごめんなさい」

そういう風に思って、気付かれないようにひっそり閉じこもっています。

寝ているから気付いてないだろうと思うかもしれない。でもそれは間違いで、HSPは音にも敏感なので(個人差はあります)気付いて起きます。少なくとも、私はそうでした。そして、布団の中にこもってずっと、寝ているふりをして怯えていました。

重ねて言いますが、喧嘩をするなと言っているわけではありません。時には、喧嘩をすることでお互いが大切に思える瞬間が生まれることもあるからです。

だから、もし、どうしようもなくHSCの前でそういう不仲な部分を見せざるを得ない場合は、すぐフォローをしてあげてください。

「大きな声を出してごめんなさい」

「私たちはあなたを愛している」

それは、母親だけでも父親だけでもダメです。

もし片方だけが気にかけた場合、もう片方は自分のことはなんとも思っていない=嫌われている=愛がないと思ってしまうから。

だから必ず、両方から声をかけてあげてほしい。

それだけで、幾分救われることでしょう。

家庭内ではビクビク、幼稚園では順風満帆

前項の「どうしてほしかったのか」で記載した通り、私の両親は私にフォローもせず、逆に私が母に寄り添いフォローすることが多かったです。

父に寄り添わなかったのは、怒られた時のトラウマがとても大きかったからです。

怒られる=ミスをした

そういう考えがすでにこの時から頭にあったのです。

そして、自分の思いとは裏腹に、自己犠牲により愛情を得る手段を取ってしまうことになったのです。それはこの先の人生で、かなり私を苦しめることになりました。

幼稚園では先生と友達に恵まれた

幼稚園では、とても楽しかった記憶が多いです。もちろん友達を喧嘩したこともありましたが、幸いにも、とても良い最高の友達だったために、許してくれて、友情を続けることができました。

そして、私は登下校(っていうのかな?)唯一幼稚園内でお迎えだったので、(この頃は通常はバスでの送り迎えでした)みんなを見送ったあと、幼稚園の担任の先生と先生の仕事を手伝いながら母を待っていたのを思い出します。

私にとって、この先生との時間はめちゃくちゃ楽しかったです。自分も先生の一員になったような気がして笑

幼稚園と家を往復することは、私にとっては良いことだったと思います。

幼稚園という家とは別の場所との行き来は双方を必要な場所だと気付かせてくれました。それに加えて幼稚園での授業は粘土遊びや、お絵かき、歌など私が楽しいと思うことばかり。毎年の発表会では女優にもなれました笑

「脱走した」と書きましたが、私は家にいることが我慢ならないと、よく同じマンションの1階に住む祖母の元へ駆け込むクセがついていました。

まぁ、祖母宅も祖父が大声で怒鳴るタイプだったので良い環境とは言えませんでしたが、両親と離れたいと思った時には最適でした。

どうして欲しかったのか

これに関しては、逃げ場を設けることを許して欲しかった。

耐えきれずに逃げ出す私も私ですが、ただ怒るだけではなく理由を聞いて欲しかった。どんな小さいまだ子供だからといって、行動に理由が無いわけがない。怒るより先に、理由を聞いてほしいです。

言葉にはしにくいかもしれないけど、理解しようとしてくれているという事は伝えられるはずです。

小学生1年生での挫折

幼稚園は私にとって良い世界でした。そう、競争がないからです。

小学校に入ると、私は様々な挫折を経験します。

最初の挫折は今でも忘れもしない。

小学生1年生の頃、算数の時間で「2−3」の計算をクラス全員の前で間違えました。そんなことって思うかもしれないけれど、すごく恥ずかしかった。その時の感情は心に刻まれています。

人生初めての挫折で、私の心はどうすればいいのかわからなかった。

そして、恥ずかしくて親に言えなかった。

ただ、私がしたことはどうしようもない感情をうずまき鉛筆にぶつけることだけでした。

親に言えいないのはなぜか

正直に言えば、言ったところでどうもしてくれないと思ったから。

そして、恥をさらすのが嫌だったから。

そして、そして、母を失望させることが嫌だったから。

自分の気持ちではなく、他人の気持ちを優先するクセがまだまだ取れないんですよね。というか母親の味方である限り、これはずっと続いたのです。

先生からの一言ですべての先生が恐怖対象に

小学生4年生の時、グループ課題に勤しむ中、ある一言を言われました。

「そういうのをね、バカの一つ覚えっていうんだよ」

と。

ふとグループで課題をまとめてる時に、先生が私に聞いてきたんです。

「これは何のためにやっているの?」

って。私は答えました。

「発表するためにです」

そうしたら言われたんです。何を言えば良かったのか、何を言っても多分、同じようになっていたんだろうなとは思います。機嫌次第って感じで。

そこから私は「先生」というものが、苦手というか嫌いになりました。怖かったんです。何を思われているのか、どう思われているのかすべて評価で示される。それが本当に苦手でした。

故にこの先、中学時代も先生のご機嫌とりばかりするのですが、それはまたどこかで。

どうして欲しかったのか

小学生1年生の挫折から4年生の先生の一言まで、でどうして欲しかったのかを今考えると、

構わないで欲しかった。

が一番かなと思いました。といってもこれって結構難しいラインだと思うんです。母親は私に理由を聞いてきました。でも私は答えたくなかった。

先生に至っては良かれと思って言った場合もある。完全に逆効果だったけど。

適性を理解し、個性を見つめて考えて欲しかったなと思います。

だからHSCの存在をまず知ってほしいです。

それで全てが変わるとは思わないけれど、私のように苦しむ子供時代をすごし、アダルトチルドレンを生み出すことは少なくなるはずです。

参考 ひといちばい敏感な子Amazon

まとめ

家庭環境でHSPの度合いは変化すると書きました。

周りの理解でHSPの気質を持っていたとしても、生きやすさはかなり変わってきます。今回は、私がHSCだった時代に思っていたこと、して欲しかったことを体験談とともにかいてみました。

まだ小学生までの体験談なので、今度は中学時代〜高校時代のことを書いてみたいなと思います。

HSPの方はこちらも合わせて読んでみてください!

HSPだと発覚してから試した7つのこと その1 HSPだと発覚してから試した7つのこと その2 HSPだと発覚してから試した7つのこと 終